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アルコール依存症について その2

前項を少し整理してみましょう。
アルコール依存とは、「ある環境」のもとで「ある人」が、自分の意思でアルコール飲料の急性中毒作用(開放感、心地よさ、酩酊)を求め、繰り返しこれを摂取することをいいます。
有機水銀中毒などは、固体の意志にかかわらず体内に「侵入」してきて、甚大な害を及ぼします。
アルコール依存を含む薬物依存は、自分の意志で好んで薬物に向かうわけですから、「向かう」という以上、一種の「行動表現」になります。
ですから、この行動表現は、「薬物探索行動」といい替えられます。そして、ある固体がある薬剤に対して、薬物探索行動を明確化している場合に、その薬物に「精神依存」をもつといえるわけです。
そして、その常習使用が「身体依存」の形成を招くことになります。当初、精神依存は独立して発達しますが、やがて身体依存が確立されてくると、退薬症状を回避しようとして、薬物探索行動(アルコールの場合、飲酒行動)がますます異常に昂進するようになり、ここに強固な悪循環が形成されることになります。

ところが、アルコール依存が確立していながら、事例視(異常視)されていない人たちがいることも事実です。
毎晩、一定量を消費する健康な(サブクリニカル)大酒家がこれにあたり、このように飲酒者とアルコールとの間に、一種の均衡が保たれている状態を「安定的(stabilized addiction)」といいます。
つまり、飲酒者の体力(アルコール耐容性)、飲酒ルール(外的規制)、自己規制などの抑制的要因と、飲酒による満足感(酔うことによる充足感と社交飲酒の楽しみ)を求める飲酒動機づけ(飲酒渇望)とが釣り合っている状態です。
しかし、この均衡は、要因群の変化よって容易に壊れ、常習的飲酒の状態からアルコール探索行動の昂進状態に速やかに移行することにもなるのです。

例えば、公務員なり「安定的嗜癖」の状態できた人が、定年を迎えて途端に無目的な生活になった場合、朝から飲み始めたりして(自己および外的規制の消失)、切れては飲み切れては飲みの、連続飲酒発作状になるのはよくある例です。
また、若年者で自己規制の弱い人であれば、アルコール嗜癖の状態から速やかにアルコール依存へと進む危険性が多分にあるわけです。
アルコール依存症の若年化が問題となっている裏には、伝統的飲酒文化の崩壊が、ひとつの原因になっているのは、否めない事実でありましょう。


この項のキ-ワ-ド
  • 薬物探索行動( drug-seeking behavior )
  • 事例視(異常視、caseness)
  • 安定的嗜癖(stabilized addiction)
  • 飲酒ルール(外的規制)
  • アルコール耐容性(飲酒者の体力)
  • 自己規制(内的規制)
  • 飲酒渇帽(飲酒の動機づけ、craving for drinking)
  • 連続飲酒発作(loss of controlled drinking、drinking bout)

さて、アルコール依存そのものは、薬物と固体間の関係を表現する用語ですが、アルコール依存症とは、アルコール依存のあることが原因となって起こる一連の病的症状の総称を指し、アルコール依存症状群ともよばれるものです。
これを分類すると、次のようになります。

精神依存があることによって起こる異常飲酒行動
  1. 飲酒する結果アルコールの急性薬理作用によって起こる急性症候の反復的な出現
  2. アルコールの慢性的作用によって次第に発現する症候(退薬症状に由来する症候とアルコールの慢性毒性に由来する症候に分けられる)。

分類の説明に入る前に、ここで仮にAさんの例をあげて、彼がどのような過程を経て、アルコール依存症になつていったかを追って見ましょう。

Aさんは、農業と材木商を営む父母の長男して生まれ(妹が一人)、幼・少年期を比較的順調に過し、地元の高校を卒業後、家業を手伝い、父の材木仲買の仕事にも徐々について行くようになりました。
父としては、早く仕事を覚えて一人前になってほしかったのでしょう。
20歳前から父と晩酌(焼酎)をしていたとのことです。仕事先でも、アルコールの洗礼をかなり受けて、強くなっていきました。
23歳のとき、地元でも美人の評判の高かった、1歳下の幼馴染のK子さんと結婚して1男、1女(心身障害者)をもうけました。子供が小・中学校の頃は、PTAの役員などを積極的にこなし、評判のいい息子であったようです。

37、8歳の頃より材木の商いを一人でもこなすようになり、本人の談によると、かなり増長し、天狗になっていたとのことです。
農業のほうは、母とK子さんにまかせっぱなしで、本人は材木の買い付けで1週間、2週間と飛び歩き、家にいるのは月に10日もなかつたそうです。
そんな生活を送っているうちに、飲酒量はどんどん増えて、泊まり先でも朝酒をするようになったそうです。
42歳の頃、父が山で腰を痛めて、歩くのもやっとといった状態になり、今までたいした挫折を知らなかったAさんに、一家の暮らしの重みがどっとかかってきたわけです。家族に隠れて飲むといった、いわゆる「隠れ飲み」が始まったのもこの頃のようです。
そうこうするうちに、心身障害の娘を抱えて、暮らしを支えるK子さんにも些細なことで暴力を振るうようになり、特に雨の日などは、一日中、飲んでは覚め、覚めては飲みといった状態が頻発するようになりました。
それでも、調子のいい時は、半分酔っ払いながらも、材木の交渉にあたっていたそうです。息子だけは大学にという思いがあったのでしょう。
しかし、商売上の信用はすでになくなりつつあつたようです。
内科病院への入退院を繰り返すのもこの時期です。医者からは、当然アルコールを禁じられていました。

近くの町に嫁いでいた妹さんの話によると、飲みだすと、食事もせずアルコールばかりで、大言壮語と誇大妄想的な言動が多くなり(町長選にうって出る、今度は商売で大金を掴む、俺はこんなところに燻っているような男ではない、世間の奴らは見る目がないなどなど)、ちょっとでも酒量のことに言及すると狂ったように暴力的になり、それがK子さんのみならず、娘にも及ぶようになったとのことです。
酔っ払って飛び出し、大根畑で寝ているなんて日常茶飯事、酒がなくなると酔っ払い運転で酒屋に行き、金があろうがなかろうが10本20本と買って、なくなるまで飲むといった生活であったとのことです。
こんな生活の2年後、K子さんは娘を連れて家を出ています。この後、Aさんは連続飲酒の果ての衰弱状態で、アルコール専門病院への入院となり、3、4年間入退院を繰り返したあと亡くなっておられます。

Aさんの事例は、ある人がアルコール依存症になっていく典型的なパターンですが、勿論このパターンには入らない事例の人もいます。
また、この事例は回復(後述)できなかった例ですが、なかには回復している人も沢山おられます。


それでは、お待たせ致しました。先述の分類の説明に入ろうと思います。

異常飲酒行動

統制喪失飲酒(自制が欠如した飲酒状態、loss of controlled drinking)

アルコール依存症の飲酒行動の特徴を一言でいうならば、「自制心の喪失」です。
Aさんの事例を見ながら喪失の状態をあげてみましょう。

  1. 飲んではいけない健康上のはっきりした理由があり、医者などから禁酒されているのに飲む
  2. 飲んではならない時と場所が守れない(飲酒のTPOが守れない)
    例えば、運転をする、仕事に出る、大事な用件の面会があるのに飲んでしまう。
    また、勤務時間中であるのに飲むなど
  3. アルコール度の高い酒類をがぶ飲みする
  4. 家族や周りに内緒で、隠れ飲みをする
  5. 朝から飲み、一日中アルコールの切れ間がない(比較的少量を欠かさず補給する)
  6. 連続飲酒発作の繰り返しがあり、24時間以上にわたって、飲むこと以外ほかの日常の行動ができなくなる、または飲酒-酩酊-入眠-覚醒-飲酒のサイクルを繰り返し目が覚めているかきりのみ続け、衰弱して飲めなくなるが、しばらくしたらまた繰り返す(山型飲酒サイクル)

以上のような飲酒行動などがあり、程度によっては反省して、一時は止めるがまた繰り返し飲んでしまう、これは明らかに病的な飲酒行動です。
Aさんの過程を見てみると、当初アルコール依存があり、上記のような自制が欠如した飲酒行動となり、アルコール依存症と見なされる経過がよくお分かりいただけるかと思います。

このような状態になると、いろいろな不慮の事故を起こし易くなり、社会的信用の喪失、失職、経済的破綻、離婚、警察沙汰などの憂目に会い、アルコールによる精神的・身体的障害(これらを総称して、アルコール関連障害といいます)も出てきて、転々とその日暮らしをするような生活に追い込まれることにもなります。

ところで、皆さんはもうお気づきだと思いますが、世界保健機構(WHO)でも採用されているとおり、アルコール依存症状(群)という用語と概念は、「正常・異常」という社会文化的な軸と、アルコール依存の進行という生理学的な軸との二つの軸から成る二次元的概念であり、ここでは日本の飲酒文化および飲酒規範の中で、「異常視」(事例視)され、しかも一つの病気と見なし得るアルコール探索行動を意味しているわけです。


この項のキ-ワ-ド
  • アルコール依存症(alcohol dependence syndrome)
  • 異常飲酒行動(統制喪失飲酒、loss of controlled drinking)
  • 山型飲酒サイクル
  • アルコール関連障害(alcohol-related disabilities )

さあ、ここまできたら後もう少しです。コーヒーでも飲みながらお読み下さい。

アルコールの急性作用による症状

最近、新大学生がコンパなどで無理酒を強いられ、意識不明となり死亡する事件がよくあります。特に熊本での事件は、訴訟問題にまで発展しています。
これは、周りのアルコールに対する無知からきていると思われます。アルコールの身体的な薬理作用として、ろれつが廻らなくなる、腰が抜ける、そして極端な場合には呼吸麻痺に陥り死亡する事態となり、これは急性中毒症状と呼べるものです。
精神的な薬理作用としては、感情が高ぶって、理性が損なわれやすくなるといった事が挙げられます。
心ならずも暴言を吐いて相手を怒らせた、女性が嫌がっているのに抱きついたり、触ったりしたなどの酒の上での失敗は、大抵これが原因です。
しかし、別人のように乱暴になる人の場合は、急性中毒による強い精神症状として捕らえたほうがいいでしょう。

次に急性作用の特徴的なものをあげてみます。

  1. 飲酒前には、見られない攻撃的な行動
  2. 破壊的な人格変化
  3. 記憶喪失

要は、勧められたのでもなく、またお付き合いでもなく、自ら好き好んでアルコールを摂取して、上記のような症状を繰り返す、このことがアルコール依存症として異常視(事例視)されるということになります。
もちろん、全てのアルコール依存症者にこれらの特徴がみられるわけではありません。

アルコールの慢性作用による症状

これは、アルコールの身体依存がある結果、アルコールの血中濃度が下降した時に起こる退薬症状群と、それ以外のアルコールの慢性毒性によって起こる症状群とに分けられます。
「アルコール臨床ハンドブック」の記述に従って、追ってみましょう。

アルコール退薬症状群

アルコールの身体依存ができあがっている人が、なんらかの事情(連続飲酒後の餌切れ、衰弱状態のときや入院による強制的断酒など)でアルコールを口にでなくなってから、6-7時間目ごろから初期症状として、手指の振戦(ふるえ)、突発性の発汗・悪寒に、不安・焦燥・脱力感などの精神症状を伴い、強い飲酒渇望を自覚します。

次に、症状が重くなっていく順に経過を辿ってみましょう。

  1. 症状は次第に増強し、発熱・心悸亢進・頻脈・唾液分泌の亢進・吐き気・嘔吐・鳥肌などの多彩な症状が、次々に加わり病態を複雑にしていきます。
  2. やがて、眼振(眼球が左右にぶれて、定まらないこと)がはっきりと見とめられるようになり、瞳孔は散大して差明感が激しくなります。ドクターが初診時に、ライトで眼球検査をするのはこのためです。

以上が、断酒後24-36時間目ごろまでの症状です。

  1. しかし、人によってはこの時間帯に、てんかん大発作様けいれんと意識消失(アルコールてんかん様大発作)を起こします。
  2. また断酒後、数時間にして意識障害を伴わない一過性の幻聴(急性アルコール幻覚症、自分の名を呼ぶ声、戸を叩く音など)を経験する人もいます。
  3. 流れるような寝汗を伴う不眠は、ほとんど必発して、これが1-2晩続くと意識のくもり(さまざまな程度の失見当、記銘力障害、ときに作話など)が目立つようになります。錯視錯聴などが認められるのも、このような不眠の後からであるのが多いようです。この時期には、わずかな眠りのうちにも生々しい悪夢に襲われ、そのまま振戦せん妄へと移行する場合もあります。
  4. 断酒後、3日目に入るころから、一部の人々には著名な精神状態の変化をきたすことがあります。不安、焦燥感は極度に高まり、錯視(夜具の縞模様が動く蛇に見える、天井のシミが怪物の顔に見える、床が大きくうねっている、壁が倒れかかってくるなど)や錯聴(看護婦の足音が自分を襲ってくる足音に聞こえる、人の話し声が自分を殺す相談に聞こえるなど)が顕われ、事態は徐々に深刻さを増してきます。
  5. また、小視症幻覚或いはこびと幻覚などの名で呼ばれる、極端にサイズの縮小した色彩豊かな人物や小動物が動き回る特異な幻視が認められるのも、この時期になってからが多いです。そのため「虫取り動作」と呼ばれる、虫をつまんでは捨てる動作を繰り返します。見当識は著しく阻害され、多くは家庭や職場にいるものと思い込み、日常の職業動作を始める(作業せん妄)人もいます。

以上に述べたような諸症状が、意識障害を中心として出そろい、最高潮のレベルになつた状態を振戦せん妄といいます。

  1. 意識状態は、日中の対人場面ではかなりしっかりした応答も可能ですが、夜間一人で放置されると、意識障害の程度も深くなります。気分は一般に不安・焦燥に満ちているが、その中にしばしば投げやりなユーモア(すてばちユーモア)が混じるのもこの時期の特徴です。以上に述べたような状態が、おおむね数日間続くことになりますが、やがて深くて長い睡眠が訪れ、その覚醒とともに退薬症状は回復します。

もっとも、上記のような症状群は、典型的な場合での自然経過が述べられているわけでして、人によって退薬症状の現われかたは、実にさまざまなものがあります。急性アルコール幻覚症、錯視・錯聴および小視症幻覚などは、比較的に多かったように思います。また、退薬症状の現われかたは、退薬時の拘禁状況とも密接に関係するものと思われます。

『ちなみに、Aさんの数ある幻覚の内で、今でも鮮明に覚えているのは、「広い運動場のような場所でした。そして、雪が真っ白に降りしきり、積もっていた。その雪の中を白っぽい着物を着た大勢の人たちが、ぞろぞろ歩いていた。ああ、今日は、捕虜がいっぱい捕まったなあと思って見ていると、その中に子供を連れた自分の妻がいたので、大声で呼んでいたのです」といったものです。』

アルコール慢性中毒症状群

皆さんもおおむねご存知とは思いますが、これには、機能障害と臓器障害に分かれます。機能障害しては、記憶障害・人格破綻・意識障害・せん妄・妄想(被害、嫉妬など)・幻覚などがあると言われており、脳の器質障害もかんがえられています。

さて、臓器障害の中でも最もポピュラーなものが、肝障害です。いわゆるアルコール性肝炎というもので、脂肪肝から肝硬変に進み、これによる死亡者も少なくありません。このほかに多発性神経炎やウェルニッケ-コルサコフ症候群、小脳変性、大脳皮質萎縮などの神経系障害、心筋症などの循環器障害、胃炎や膵炎などの消化器障害、また筋炎などの運動器障害と挙げればきりがありません。


この項のキ-ワ-ド
  • 退薬症状の初期症状
  • 眼振(nystagmus)
  • アルコールてんかん様大発作(alcohol epilepsy、rum fits)
  • 急性アルコール幻覚症(acute alcohol hallucinosis)
  • 錯視(optical illusion)
  • 錯聴(paracusis)
  • 小視症幻覚(こびと幻覚、microptic hallucination、lilliputian)と虫取り動作
  • 作業せん妄(occupational delirium)
  • すてばちユーモア(grim humor)
  • 振戦せん妄(delirium tremens)
  • 機能障害
  • 臓器障害

以上で、アルコール依存症のおおかたの説明を終わりますが、内容におおむね間違いはないとは思いますが、もしありましたらご一報下されば幸いです。アルコールは、飲めない人は飲まないに越したことはないわけでして、また飲める人は、この説明を十分に吟味していただき、健康的で楽しい飲酒をしていただきたいと思います。

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参考文献
  • 「斎藤学・高木敏編、アルコール臨床ハンドブック」
  • 「斎藤学・柳田知司・島田一男編、アルコール依存症」

以上、大変ありがとうございました

詳しいことは下記の病院にお問い合わせ下さい。


社団法人八日会 大悟病院
〒889-1911 宮崎県北諸県郡三股町大字長田1270
電話:0986-52-5800 FAX :0986-52-5573